有りがたうさん

2015.06.26

監督:清水宏  製作:松竹 / 1936年(昭和11年)

有りがたうさんタイトル 有りがたうさんクレジット
タイトルバック。クレジットでは助監督に佐々木康の名前が。

バス運転手と乗客やすれ違う人々との交流を描くロードムービー。
オールロケで、美しい自然の景色をバスの中からカメラが捉えています。
清水宏監督の監督作では、「按摩と女」と並んで、今日いちばん知られている作品でしょう。

配役
有りがたうさん…上原謙
髭の紳士…石山隆嗣
行商人…仲英之助
黒襟の女…桑野通子
売られゆく女…築地まゆみ
その母親…二葉かほる

東京帰りの村人…河村黎吉
その娘…忍節子
行商人A…堺一二
行商人B…山田長正
猟帰りの男…河原侃二
田舎の老人…青野清
村の老人…金井光義
医者…谷麗光

新婚夫婦…小倉繁、河井君枝
うらぶれた紳士…如月輝夫
田舎のアンちゃん…利根川彰
祝言の夫婦…桂木志郎、水上清子
お通夜の人…県秀介
茶店の婆さん…高松栄子

朝鮮の女…久原良子
旅役者…浪花友子
 〃 …三上文江
 〃 …小池政江
 〃 …爆弾小僧
村の娘…小牧和子
酌婦…雲井つる子
〃…和田登志子

旅芸人…長尾寛
 〃 …京谷智恵子
 〃 …水戸光子
 〃 …末松孝行
薬屋…池部鶴彦
小学生…飯島善太郎
 〃 …藤松正太郎
 〃 …葉山正雄

有りがたうさん1-01
田舎の港町。バスの運転手(上原謙)は、道行く人々にバスを避けてもらう時「有りがとう」と声をかけるため、みなから親しみをこめて有りがとうさんと呼ばれている。

有りがたうさん2-01
この日バスに乗るのは、わけ有りそうな黒襟の女(桑野通子)や立派な髭の紳士(石山隆嗣)、そして若い娘(築地まゆみ)とその母親(二葉かほる)など…。若い娘は東京に身売りされてゆくのだ。母子の心は重い。

有りがたうさん3-01
バスは澄んだお天気の中、軽やかに出発する。新緑の山々、陽の光が反射する美しい海。だが、車内の会話は風景と対照的に暗い話題ばかりである。
‐みかんの相場が一円代では、晴れ着一枚買ってやれんでねぇ。
‐それでもお前さんは娘さんを持って幸せだよ。男の子を持ってごらんなさい。働こうにも仕事なんかありゃしません。

有りがたうさん4-01
バスはさまざまな人々とすれ違う。都会で失業して村に帰ってくる家族。東京見物を終えて戻ってきた幸せな父娘(河村黎吉、忍節子)。
‐水の江ターキー観て来たわよ。それからトーキー、発声映画も。 娘は得意げに笑う。

有りがたうさん5-01
黒襟の女は有りがとうさんに尋ねる。
‐ターキーターキーって言うけど、なんのことだい?
‐女が男のマネをすることさ。だから男が女のように喋るのをトーキーって言うんだろうよ。
バスに乗らずに有りがとうさんに言付けを頼む人もいる。急な出産に急ぐ医者(谷麗光)。

有りがたうさん6-01
有りがとうさんに町でレコードの買い物を頼む村の娘(小牧和子)。
好きな娘が売られていってから気が変になってしまい、この街道を毎日彷徨う男。売られゆく娘は、自分の身の上を重ねて思わず泣き出す。

有りがたうさん7-01
有りがたうさんは娘を思うと心中穏やかでない。気をとられているうちに、バスは崖の直前!慌ててハンドルを切り、なんとか助かった。
※このシーンは、実際に上原謙がハンドルを切りそこない危機一髪だったのを清水監督が「いいね、そのネタ使おう」ということになったらしいです。(上原謙「がんばってます 人生はフルムーン」より)

有りがたうさん8-01
さきほど言付けを頼まれた芸人の娘たち(水戸光子、京谷智恵子)が通り、有りがたうさんは伝える。
ハイキングの新婚夫婦や、ルンペン、お坊さん。朝鮮から来た労働者たちともすれ違う。

有りがたうさん9-01
トンネルを抜けてバスはひとやすみ。有りがとうさんは、売られゆく娘と話をする。
‐おっかさんは一人きりになると淋しくなるだろうね。手紙だけはときどき出して慰めてやるんだね。
‐あたし、有りがとうさんにも手紙出していいかしら。
淡い恋心を抱く二人を、黒襟の女は見つめていた。

有りがたうさん10-01
出発しようとしたバスへ、朝鮮の娘(久原良子)が駆けてくる。この土地で道路工事を終えて、次は信州のトンネル工事へ行くのだという。
‐あたし、お父さん置いていくの。だから、あそこを通る時はときどきお墓へ水を撒いて、お花を挿してやってね。
駅まで送ってやるよという有りがとうさんに、娘はみんなと一緒に歩くから、と断るのだった。

有りがとうさんは呟く。
‐この秋になってもう八人の娘がこの峠を越えたんだよ。製糸工場へ、紡績工場へ、それから…それから方々へ。
俺は葬儀自動車の運転手になったほうがよっぽどいいと思うときがあるよ。

有りがたうさん11-01
バスは新しい客を乗せながら走る。猟帰りの男(河原侃二)、祝言へ向かう夫婦(桂木志郎、水上清子)、お通夜へ向かう男(県秀介)。
「女歌舞伎一座」なる旅役者の一行ともすれ違った。道で人力車にのり「とざい、とーざーい」の口上のあと、仰々しく芝居小屋に移動してゆく一座を、有りがとうさんたち面白く見物する。

有りがたうさん12-01
バスが駅へ近づく中で、暗い表情になってゆく有りがとうさんと娘を見かねて、黒襟の女は言う。
‐シボレーのセコハン買ったと思や、あの娘さんは一山いくらの女にならずにすむんだよ。峠を越えてった女は、滅多に帰っちゃこないんだよ。
美しい夕焼けのなか、黒襟の女はしみじみ呟いた。
‐たった二十里の街道にもこれだけのことがあるんだもの、広い世の中にはいろんなことがあるだろうねぇ。

有りがたうさん13-01
翌日。駅から村へ戻るバスを運転する有りがとうさん。そのすぐ後ろには、娘と母親が乗っていた。
有りがとうさんは、独立資金として貯めていたお金を投げ打って、娘をもらうことに決めたのだ。
幸せそうな二人を乗せて、バスは海辺を走ってゆく。

美しい自然の景色を、かろやかな映像でうつしだしながら、ユーモアたっぷりのエピソードを随所に挟みながら、同時に当時の日本の暗い部分が描かれます。
若い娘が身売りをするしかない現実、赤ん坊が生まれると困ってしまう現実、貧しい朝鮮人労働者が危険で過酷な仕事をするしかない現実を、清水監督は昭和11年当時、淡々と見つめているのです。

何度観ても飽きない名作だと思います。